決まり
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最近、氣づいたことだが、
「両眼視野分離」で歩いていると(ゴーグルは付けていません)、
自分が「遠近法」の絵の中にいる氣がする。
特に地下歩道の真ん中を、両側の広告を見ながら歩くと感じる。
「分離」と言いながら、「集中」を感じる。
当然、遠近法とは一点に集中するのだから当然と言えば当然だが、
よけいに「遠さ」を感じる。
武術では「遠くを見ろ」と言われるが、
「両眼視野分離」では結果として「遠くが見えて」しまう。
稽古相手の目が重なって一つに見えるのも関係しているのかも知れない。
マッハ・ゴーグル改良版。
M眼鏡さんは、今は使わないフレームから、
こころよく、レンズを外してくれた。
コンパスを買ってしまった。その訳は……、
本日、「マッハ・ゴーグル」を稽古で試してみた。
効果は抜群、楽にできた(よう、本人には見えない)。
また、面白いことに「マッハ・ゴーグル」を外して、
「両眼視野分離」の状態を維持すると、
相手の目が一つに重なって見えるということ。
本に書いてあったように、鏡に自分の顔を鼻がくっつくくらい近づけると、
自分の目が重なって見えるように、相手の目が重なって見える。
「視野を分離するのと寄り眼にするのは効果が同じ」とあったのが納得できる。
技もあまり力がいらない。
早く「両眼視野分離」の状態を維持することに慣れることだ。
読んだ。
とんでもなくすごい本だった。
もう本は読まなくてもいいかも知れない。
でも、次の本が出るらしい。
『神の物理学―――素領域理論に基づく、
新世界観を知ることで得られる安穏への招待―――』(仮題)
保江邦夫 海鳴社
五年ぶりくらいでの手入れ。
「マッハ・ゴーグル」
セルフ・タイマーで撮った。
意外と簡単だった。
形見。
たとえば、地球を人体として考えた場合、
人体には色々な、人体に害になるものが入ってくる。
それを迎え撃つ免疫構造があり、
なんとかかろうじて平常を保っている。
それを地球(生命体としての)に戻して考えると、
生命としての地球に害をなすものが出てくる。
人間が作り出したカルマ(因果の果にあたるもの:
特に悪いものを言うようだ)によって、
地球自体も悪い(破滅の)方に変化するという。
そこで、人間自身によってカルマを解消すると、
地球自体も破滅から良い方向に変化するという。
自分のカルマの解消とは、地球を汚さない、
地球を汚染から守ることだと言う。
それを続けることにより、
地球はすばらしい星になると言う。
新年の三題話。
1:放送会館の地下へコーヒーを飲みにいった。
いつもの席に座ると、やけに店の外が明るい。
ブラインドを上げたのかと思い、聞いてみた。
「電球を替えたのよ」という返事。
LSDとはこれほどのものなのかと驚いた。
当分、店では無理だ。
2:出勤途中、信号待ちで、赤いFUKURAMを見た。
落ち着いた赤だと思った。
3:出勤の道すがら、長い間、歩道の工事をしていたので、
迂回路を通っていた。最近、終わったようなので通ったら、
タイルが新しくなり、気持ちがいい。
2,3回通ってなんだか違和感を覚えた。
歩道を通ると、信号が5つある。
迂回路では3つ。2つ分の信号待ちが違和感のもと。
それで再び迂回路通勤となった。
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