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面白かった、しろい本

  • 保江邦夫: 唯心論武道の誕生
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2021年1月21日 (木)

上弦

昨夜、帰り道(12時頃)、

角を曲がったら目の前に上弦の月が。

喫茶店の帰りに空を仰いだが見当たらなかったのに。

いきなりで驚いた。

西の空に赤みがかって、弦も緩み、

完全とは言えないが、それが良い。

で、一句。

   上弦も ゆるめて赤く 凍てのがれ   生眼

2021年1月20日 (水)

お年玉

切手らしからぬデザイン。

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2021年1月19日 (火)

トレード

昨夜、12時頃に家へ帰ったら、

玄関の横の雪が少し除けてあった。

隣の婆さんがするわけないと思い、

ポストを見ると、紙切れが一枚。

ガスの検針だ。思わずニンマリ。

家はプロパンで、

今年は吹き溜まりの雪と屋根雪の落ちたので

ボンベが埋まりそうになっていた。

万が一のことを思い、ボンベの周りを空けておいたのだ。

それを氣を使ってか、ギットと言おうか、シャレと言おうか、

除けた分ほどの雪を除けてくれたのだ。

ニンマリせずにはいられない。

だてに「クリーン・ガス」とは言わないのだ。

思えば30の時もあったようなのを思い出した。

歩いての帰り道で体は冷えたが、心は温まった。

スコップ

家の前にブルが来ていたので、

前の道にあった忘れ物のスコップを「いらないか」と聞いたら、

「使わないから、旦那さんが使って」と。

ブルから見ればスコップは子どものオモチャだ。

「硬い雪に役立つから」と。

もう降りそうにないと思うのだが、預かっておいた。

いつも隣の婆さんからは「兄ちゃん」と言われるのだが、

「旦那さん」は初めて。

2021年1月15日 (金)

雪に

ヒマだとたまるもの。

  成人も プラザの道も ホコリ持つ      生眼    

  からす群れ 雪で休業 字は読めず

  あけるまで どこかで除雪 音聞こえ

  救急の 音もさわやか ドップラー

  ユキったり コロナったりも どんど焼き

2021年1月13日 (水)

圧雪

今回は除雪でなくて圧雪です。

「排雪のダンプはつけれないので
路面をなめるだけでいい」
という福井市除雪対策本部の指示、とのこと。

家の前を何回も往復するので、
どれだけきれいになったかと見たら、
圧雪でした。
今日は〝スタック救助隊〟みたいな人を、
何人も見ました。
立派な牽引ロープを用意していました。

で、二句。
    亀の子も スタックという 外来種   生眼  1・12

            亀の子も 冬眠できず 這い回る        1・13

2021年1月11日 (月)

3連休

3日ぶりに様子を見に店に来た。

3連休(日曜も含めての)は初めてかもしれない。

お客様には申し訳ないことをした。

帰り道のことを考えたら、出られなくなった。

今日は今日で、自分の体力の低下に驚いた。

で、8日からの句。

   春はそこ 枝雪落とす からす二羽     生眼 

   年寄は ステイ・ハウスと 雪積もる

   神鳴りと 吹雪雪降り 水凍る          

   大雪と 呼びたくもなる 吹き溜まり

   第二派と 言えるかどうか 寝正月        

   快晴や 傘を持つ手に ダンプ持つ 

2021年1月 7日 (木)

水半球

お客様に頂いた。昭和52年刊行。

最初は、一行詩かと思ったが、

「現代短歌‘74」にも載せられたという短歌。

私が思う短歌とは随分異なる。これが「現代短歌」なのか。

二度目に読んで、何故か突然、「カリガリ博士の犯罪」を思い出した。

1920製作。無声白黒映画。

私と同年代らしい。

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2021年1月 2日 (土)

対称性の破れ

本を読んでいてとんでもない事に氣付いた。

それは南部陽一郎博士が示した「対称性の自発的破れ理論」についてである。

「自発的」という言葉にかすかな引っ掛かりを感じていたことはあるのだが、

それがはっきりした。

例えて言えば、それは〝自発的〟に行われる季節による衣替えみたいなもので、

「破れてしまった対称性を復旧させようとする作用が働く」ということだ。

それにより「破れる前の対称性を持つ新しい自由度が生じる」ということだ。

そこが大事なところで、破れたままで終わるはずはないのだ

(その自由度は「南部・ゴールドストーン準粒子」と呼ばれる)。

その新しい自由度が、細胞膜の間にある「結合水」に起きている。

一般的な水は、休み時間の教室みたいなもので、ガヤガヤ・ザワザワしている。

ところがチャイムが鳴ると皆席に着く(はずだ)。

そのような席に着いた状態の水が「結合水」で、

安定していてエネルギー状態も低い。

そこでは光さえもが席に着き(質量を持ち、留まる)、

「エバネッセント光」・「エバネッセント光子(フォトン)」となる。

「結合水」は細胞全体(全身)にあり、

そして滲み出ている「エバネッセント光」が

オーラ(生命・氣とも)と呼ばれる。

また、「結合水」には新しい自由度を持つ対称性が生じ、

「細胞膜を介入して流入してくる外部刺激の微小なエネルギーによって、

南部・ゴールドストーン準粒子を発生させるという

生体反応システムとして機能する」という。

それにより、「極めて微弱な電気的エネルギー(20mA)の投入で、

臓器組織に侵入した細菌やウイルスを

分子レベルで破壊することが出来る」という。

それが「量子生体理論=巨視的量子電磁力学」エッセンスであり、

その電子装置は製品化され販売されている。

2021年1月 1日 (金)

年賀

明けましておめでとうございます。

新年早々ですが、「素領域」、

この言葉自体、聞き飽きてきた。

最近は、「量子生体理論」。

氣になる言葉は、「エバネッセント光」、

あるいは、「エバネッセント光子(フォトン)」。

質量を持つ光、質量を持つゆえ、留まっている光。

「細胞膜の境界層に存在する結合水の中に、

留まったまま離れることはない」という。

生命そのものといえる光。

「エバネッセント光」を使ったものは、

一部、実用化されつつあるという。

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